霧晴れる時、はどうしたら迎えることができるのか 『追体験 霧晴れる時』出版トーク(連載4)
取材・記事 土井ひろこ (ライター)
『追体験 霧晴れる時 〜今および未来を生きる精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ』の出版を記念し、梅田蔦屋書店にてトークショーを開催。その内容をお伝えする連載4回目は、「霧晴れる時はどうしたら迎えることができるのか」。
当事者にとって、いまもなお大きな悩みの中にある人に解決方法はあるのだろうか。
『追体験 霧晴れる時』 〜今および未来を生きる 精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ〜みんなねっとライブラリー1【紙・電子】青木聖久(著) 1,300円+税→生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれる時代(厚労省みんなのメンタルヘルス)。
そのとき家族は過去をどう乗り越え、「霧晴れる時」を迎えることができたのか。15家族の実話
(1)追体験 誰かの人生を体験できると、先の見通しを知ることができる
増田:当事者にとっての大きな課題は、「霧晴れる時、はどうしたら迎えることができるのか」だと思うんです。今悩んでいる方に対して、先生はいつもどのように、おっしゃっていますか?
青木:王道っていうのはなかなか無いと思うんですね。今回の本にはいくつかのメッセージを込めています。
一つ目は「追体験」。まさにこの本のタイトルです。
私たちは先の見通しが一番知りたいわけです。モデルを見るというのはやっぱり大きいと思いますね。
印象深い話があります。みんなねっとの副理事長、岡田久実子さんには娘さんが二人いらっしゃいます。長女さんが精神疾患をお持ちなんですね。
22歳の時、念願の介護福祉士になり特別養護老人ホームに就職して1年後に発症しました。岡田さんはびっくりして精神科クリニックの医師に「どうしたらいいのですか」と涙ながらに聞いたんです。すると先生はさらっと「お母さんがそんなに心配しすぎるとかえって悪くなりますよ」と。
それを聞いた岡田さんはさらに自分を責めたんです。自分は娘を病気にしちゃったし、おまけにおろおろしてだめな母親だって。二つの烙印を自分に押したのです。
ところがその後、家族会などで学習し、分かるんですね。大事な子どもが病気になって、おろおろしない親なんているわけがない。それが当たり前だと。
「私たちが言ってほしいのはそんな言葉じゃなくて、今できること、先の見通しをどう考えたらいいのか現実的なことを、『お母さん一緒に考えましょう』と言ってほしかった。それだけなんです」と、岡田さんは言われていました。
岡田さんと同じようにおろおろしている方も、岡田さんのこの話を聞くと「そうなんだ」と思える。娘さんはその後結婚して子どもも授かりました。
結婚話が出た当初は、たぶん無理だろうなと岡田さんは思っていました。しかし、いろんな人の話を聞き、勉強して向き合ううちに、すっと動き出したのです。
そんな風に誰かの人生を体験できると、自身の出口に光が照らされるようになってくるんじゃないか、これが一つ目「追体験」です。
(2)発想の転換 家族が自身の人生の主人公であること
青木:二つ目は、やっぱりご家族の方が人生の主人公でいいんだ、いやいや自身の人生の主人公でないといけないということです。
追体験などを通じ、発想の転換ができることが大事かなと思います。
どうやってご自身が人生の主人公になるか、こういう話をご紹介します。
母と子の話です。
息子のまさおさんが病気になりました。病気になった間もない頃は、お母さん自身も本当に不安で、先の見通しも全く立たなかったそうです。そんななか、最近は息子さんもだいぶん安定してこられ笑顔も見られるようになってきました。そこでお母さんはまさおさんに宣言します。
「なぁ、まさお。最近やっと安定してきたなあ。お母ちゃんもうれしいわ。ただな、この機会にちょっとだけお母ちゃん宣言したいことがあるんやけど、ええか?」
「ええ? 何? お母ちゃん」
「お母ちゃんな、今までちょっと我慢してたけど、やっぱりタイガース戦見に行くわー。芝居も見に行くわー。お母ちゃんの人生やもん。お母ちゃん自身が人生楽しまなあかんと思うんやけど」
「うんうん、ええで」
「でもな、まさお。忘れんといて。あんたが本当に苦しい時やったらいつでもSOS出しといで。なぜなら、あんたはお母ちゃんにとって世界で一番大事な息子やから。よろしく」
そうするとね、「すごく楽になった」ってまさおさん自身が。
(3)視点の変更 一人で悩んでいても自分の固まった苦しいよろいがなかなか脱げない
青木:精神障がいを持っていらっしゃる当事者の方からは、「私が病気になってから、お父さんとお母さんはけんかが増えた、とか、あなたの病気が良くなるためやったら、お母ちゃんは頑張るから、とか、その肩の力が私にとっては負担なんです」などの声をよく聞きます。
ご両親がご自身のためにうれしそうにしている背中を見ることができるのは、子どもにとってもうれしいということですね。
自分を大切にすることが、結果として程よい関係なんです。
自分自身が楽しむこと、「人生の主人公に誰もがなる」ということが二つ目のメッセージです。
三つ目は「視点の変更」。見る方法を変えちゃうということです。
例えば、私の三女は左利きで発想もユニークなんです。例えば電車の絵を描くとどうなるか。私なら長い車両を描きますが、彼女は違うんですよ。上から見た電車の絵を描く。発想が全然違うわけですね。これが視点の変更なんです。
どうしたら霧が晴れるのだろうかと考えている時に、助言される大抵のことは自分で試しているので、ピンとこないことが多いんですね。そんな時、全然違う発想を言われると「なるほど!」と目からうろこ。だから視点の変更というのはすごく大事なんです。
出口はどこだろうと必死になって懐中電灯を照らすけれど出口が見えない。自分の固まった苦しいよろいがなかなか脱げない。
ところが同じような精神障がいを持ってらっしゃる家族に出会うことで、一気に霧が晴れることがあります。
こういう話があったんです。娘さんが発症し、苦しい日々が続くなか、やっとのことで家族会の存在を知り、思い切って集まりに駆けつけました。でもやっぱり娘さんのことを思い出しずっと泣き続けていました。定例会が終わり帰ろうとした時、家族会の先輩が声をかけました。
背中を丸め、下を向きながら帰ろうとする姿に「良かったら喫茶店でも行きませんか?」
誘われるままに行った喫茶店で会話をしているうちに、気付くと3時間が過ぎていたといいます。しかも、後半の2時間ぐらいは大笑いしながら二人でおしゃべりしていたのです。帰り際「誘ってくださりありがとうございます。私、こんなに大笑いしたの10年ぶりだと思います。今日はうれしくって。またぜひ」
そうすると先輩はただ一言「私たちも通ってきた道だから」
人は、内側から緩むと暖かくなって、よろいを自ら脱ごうとします。
懐中電灯を照らしても見つからなかった出口や、固くて脱げなかったよろいは、視点の変更により糸口が見つかるかもしれない。自分だけでは難しいけれど、人との関わりの中で視点は変更できるかもしれないですね。
増田:ありがとうございます。とても分かりやすいお話でした。
青木:今は大学教員として教育、研究、社会貢献の三つの活動を行っています。
普段の授業が教育で、新たなものを探究し、説得力あるものを伝えていくのが研究。
そして、家族会活動を通じ社会に貢献できるよう努めています。
なぜ私が大学人になったかというと、たぶんこういうことをやりたかったんですよ。この立場で全国行脚もできます。青木という社会資源を当事者の方に育ててもらって今ここに座っている。そのことがうれしいんですよね。
この本に登場いただいているいろんな方の声を聞くことで、さまざまな選択肢や多様性が当たり前なんだと思える一つのきっかけとなればうれしいですね。
その意味もあって、今回の本の印税所得は、みんなねっとに寄付させてもらっています。
増田:そうなんです。この「みんなねっとライブラリー」シリーズは、それぞれの本の著者さんがみんなねっとさんであるとか、コンボさん、あるいはこどもぴあさんといったところに寄付されているんです。
第2弾は「静かなる変革者たち」。これは精神障がいの親に育てられた子どもたちが語っています。
そのあと妻編、親亡きあと編、そしてきょうだい編を作ろうと思っています。
家族といっても、親、子、妻、夫、きょうだいと、立場が違うとやっぱり違いますよね。
青木:そうですね。きょうだいはきょうだいで、同じ家族といってもひとくくりにできないものがあります。第2弾の『静かなる変革者たち』の著者・横山恵子先生、蔭山正子先生は、精神科看護学で有名な方々で、家族支援でも有名な方です。また違うタッチで面白いと思います。
『追体験 霧晴れる時』 〜今および未来を生きる 精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ〜みんなねっとライブラリー1【紙・電子】青木聖久(著) 1,300円+税→生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれる時代(厚労省みんなのメンタルヘルス)。
そのとき家族は過去をどう乗り越え、「霧晴れる時」を迎えることができたのか。15家族の実話
生きづらさに寄り添う『みんなねっとライブラリー』シリーズ
ペンコムでは『みんなねっとライブラリー』を創刊しました。
「みんなねっとライブラリー」は、公益社団法人全精神保健福祉会連合会(みんなねっと)監修のもと、生きづらさを抱える本人と家族が安心して暮らせる社会をめざす一般向け書籍シリーズです。
家族、当事者、医療、福祉、介護など、多方面の著者が執筆し、わかりやすく、広く一般の方に「こころの病」について理解を深めてもらおうという内容です。
シリーズの装丁は、ブックデザイナーの矢萩多聞氏が手掛けます。