「生きづらさ」をどう伝えていくか 『追体験 霧晴れる時』出版トーク(連載1)
精神を病むというのは風邪をひくようなもの。ある日突然、誰にも起こりうることだ……
取材・記事 土井ひろこ (ライター)
『追体験 霧晴れる時 〜今および未来を生きる精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ』の出版を記念し、2019年11月17日(土) 、梅田蔦屋書店にて、著者の青木聖久教授と同書の増田ゆきみ編集長が、会場の皆さんと共に「生きづらさ」をテーマに語り合いました。
当日は、書籍に登場の15家族のうち3家族をはじめ、当事者・家族、行政、福祉、教育など支援職として第一線で活躍の大勢の方々が参加。大いに意見を交わし、有意義なトークショーとなりました。
なお当日は、皆さんもご本人も参加を楽しみにされていた装丁家の矢萩多聞先生は、急きょ、インドに渡航されこの日は欠席となりました。
今回から、5回に分けて当日のトーク内容をお届けして参ります。ぜひ、お読みください。
なお、文中で紹介の当事者家族・本人のお名前は、書籍掲載と同様に仮名とさせていただいております。
『追体験 霧晴れる時』 〜今および未来を生きる 精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ〜みんなねっとライブラリー1【紙・電子】青木聖久(著) 1,300円+税→生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれる時代。(厚労省みんなのメンタルヘルス)。そのとき家族は過去をどう乗り越え、「霧晴れる時」を迎えることができたのか。15家族の実話
一人の精神障がいのある方に出会い本格的に福祉の道へ―著者の青木聖久先生
増田:皆さんこんにちは。本日はお忙しいなか、お集まりいただきましてありがとうございます。ただ今より、トークショーを始めさせていただきます。
このほど、青木聖久先生が、『追体験 霧晴れる時 〜今および未来を生きる精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ』を出版されました。
これは、生きづらさを抱える本人と家族が安心して暮らせる社会をめざす一般向け書籍シリーズ、「みんなねっとライブラリー」の第1弾です。同シリーズは、公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)協力・監修のもと、装丁は矢萩多聞さん、出版はペンコムです。
今日は青木先生に、この本に込めた思い、ここからどのように社会が変わっていったらいいだろうか、生きやすい世の中をどのように作っていけるんだろうかということを伺っていきます。ご参加いただいた皆さんにもご意見を伺いながら、進めていきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。
申し遅れましたが、私は、青木先生のご著書を編集させていただきました出版社ペンコムの増田と申します。
では、青木先生、まずは自己紹介からお願いできますでしょうか。
青木:青木です。こんにちは。出身は兵庫県の淡路島です。高校3年まで淡路島にいました。中学校時代はバスケットボールをやっていまして淡路島の大会で準優勝したり、県大会に出たりと頑張っていたんです。高校に入り、もっと可能性があるんじゃないかと思い、サッカー部に入ったんですね。そこでちょっといろいろ挫折をし、当初自分では考えてもいなかった帰宅部となったんです。自分が「こうなりたくはない」と見下していたような対象に自分がなるという体験を16歳でしました。今から考えると恥ずかしいような考え方なんですけど。
勉強もままならないなか、毎日進路指導室に通い、将来はどうしようかと考えていた時に、偶然目に入った言葉が「福祉」だったのです。
ぜひ、と思い日本福祉大学の夜学部に進学しました。昼間は学童保育の指導員や念願の喫茶店のウエーターをしていました。
福祉の世界で生きていくきっかけの一つは大学4年の時、一人の精神障がいのある方に出会ったことです。その後、岡山や神戸の精神科病院で14年ほど勤めました。
その時に大阪池田の児童殺傷事件(附属池田小事件、2001年)が起こったのです。それまで私は、「支援者たるもの黒子に徹する」という考え方で、表にはあまり出ませんでした。しかし、この事件を受けて、「そんなことを言ってる場合じゃない!」と一念発起をしたのが2002年。病院から地域に出て、作業所の所長として4年間勤務しました。
作業所の所長時代は普及啓発活動にもよく行っていました。精神障がいのことをもっと伝えていかないといけない、と思い、各地で講演するなか、もっともっとたくさんのエリアで伝えていきたい、そうしなければならないと考えていました。
そんな時に日本福祉大学から声をかけていただいて、気が付けば14年目です。
講演も以前は関西中心だったのですが、現在では、鹿児島や徳島、新潟と全国あちこちに出掛けています。
出会いは15年前。初めて精神障がいの方に取材(編集 増田)
増田:初めて青木先生とお目にかかったのは、先生が兵庫県明石市で作業所を開設された時ですね。
青木:15年ほど前のことですね。増田さんは「ミニコミあかし」の編集長でしたね。
増田:はい。先生が啓発のための講演会をされていて、何度かその取材に行かせていただきました。私はいろいろな障がい者施設にも取材に行っていましたが、精神障がいの方の取材は初めてだったんです。私自身の、いわゆる精神障がいの方への先入観もあって不安でした。
この時に青木先生から、「どういう方々なのか、本人に会ってから書かなきゃだめだよ」と言われ、当事者の方に会ってお話を伺うことができました。先入観と異なって、皆さん、ごくごく普通の方なので驚いたのを覚えています。当たり前のことなのですが。
青木先生には、当事者の方に会い、話を聞き、そして感じたことを書くという、本当に基本的なことが大事なのだと学ばせていただきました。
私はこの時に、ひょっとしたらこの本『追体験 霧晴れる時』の構想があったのかもしれないです。
『追体験 霧晴れる時』に込めた著者の想い
「家族支援」の意義をショートストーリーで分かりやすく伝えたい
増田:早速ですが、この本に込めた著者の想いを教えていただけますでしょうか。
青木:精神障がいをお持ちの方の家族会の全国組織、全国精神保健福祉会連合会、通称「みんなねっと」という団体があります。私はこの団体の理事もしておりますので、会員向けに発行している会報誌が会員の皆さんが求められている内容になっているだろうかという疑問がずっとありました。
そこでご家族を主人公にした連載を提案し、毎月、一つの家族に焦点を当て紹介していく連載が2017年から始まりました。『追体験 霧晴れる時』はその連載がベースとなっています。
今、「家族支援」という言葉をよく使うんですよ。増田さんはお聞きになったことありますか?
増田:家族を支援する、ということですね。それ以上のことはちょっと……。
青木:30年ほど前に、私がこの福祉の世界に入った時に聞いた「家族支援」の意味は、今とは全然違ってたんです。
当時の精神科の医療機関は、ご家族の位置付けを治療協力者とすることが大半でした。例えば、ご家族と一緒に話をする時でも、当事者本人の顔を見ることがほとんどで、ご家族の顔を見てとか、ましてやご家族の人生を考える、というようなことはあまり無かったんですね。
しかし、今の考え方は、「家族はもう一人の当事者なんだ」ということ。
大変な思いをされているご家族の方が、自分のことを「治療協力者」ではなく「人生の主人公」としてとらえることができ、その上、他人から優しく接してもらえたら、その優しくされたバトンを誰かに渡したくなるんですね。その誰かっていうのは身近な、精神障がいを持つ本人さんだったりするんですよね。
この流れは理屈で言ってもなかなか伝わりにくい。そこで、実話のショートストーリーにして分かりやすく伝えたい、それがきっかけでした。
増田:今、先生がおっしゃった「家族支援」に対する理解は、まだまだですよね。
青木:このことは、実は専門職と呼ばれている方でも分かってらっしゃらないことがあるんですね。すごく温度差があります。
本の誕生は15年ぶりの突然のメールから
増田:先生のお話を伺って、あらためて、本の理解が深まりました。いまさらですみません。
この本が誕生したきっかけについて、私の方からもお話しさせていただきますね。
2018年、新幹線の中で殺傷事件がありました(東海道新幹線車内殺傷事件、2018)。この事件に関連して「容疑者は自閉症?」と速報が流れました。新幹線の中でそのニュースを見た私は思わず「違う!違う!」と。自閉症と事件を結びつけることはありえないと思ったわけです。
すぐに青木先生のお顔が浮かび、ウェブで先生の大学のアドレスを検索してメールを送りました。先生のご意見が伺いたかったんです。実に15年ぶり。突然のことにもかかわらず、先生は私のことを覚えていてくださっただけでなく、「本にしませんか」と思いがけない返信をいただきました。
青木:実は、私の頭の中では構想があったんですね。このみんなねっと誌の連載がちょうど15話ぐらいたまっていたので、どこかから本が出せればいいかなと思っていました。出版社はノープランだったので、最近の私の活動紹介も兼ねて増田さんにお話したんです。
増田:そう、それで誕生したんです。この本。今、出版社はノープランという話だったんですけど、実は超大手さんと決まりかけていた。
青木:オファーは受けていましたね。でも、さまざまな方々に読んでもらいたいと思っていた時に、一般向けで、電子版もあって、読者の方に広くアプローチしたいと話すペンコムさんにビビッと来たんですね。
増田:はい、熱く語らせていただきました(笑)。『追体験 霧晴れる時』はそうして誕生しました。ぜひ多くの方に読んでいただいて、意味ある本として自立していってほしいと思っています。
『追体験 霧晴れる時』 〜今および未来を生きる 精神障がいのある人の家族 15のモノガタリ〜みんなねっとライブラリー1【紙・電子】青木聖久(著) 1,300円+税→生涯を通じて5人に1人がこころの病気にかかるともいわれる時代。(厚労省みんなのメンタルヘルス)。そのとき家族は過去をどう乗り越え、「霧晴れる時」を迎えることができたのか。15家族の実話
生きづらさに寄り添う『みんなねっとライブラリー』シリーズ
ペンコムでは『みんなねっとライブラリー』を創刊しました。
「みんなねっとライブラリー」は、公益社団法人全精神保健福祉会連合会(みんなねっと)監修のもと、生きづらさを抱える本人と家族が安心して暮らせる社会をめざす一般向け書籍シリーズです。
家族、当事者、医療、福祉、介護など、多方面の著者が執筆し、わかりやすく、広く一般の方に「こころの病」について理解を深めてもらおうという内容です。
シリーズの装丁は、ブックデザイナーの矢萩多聞氏が手掛けます。