仕事だいじょうぶの本P120より

「言わなくても分かってもらえるだろう」はテレパシー幻想だ 支援する側のコミュニケーションスキルとは

仕事だいじょうぶの本P120より

『仕事だいじょうぶの本 職場の人と安心してコミュニケーションできるSSTレッスンBOOK』(ペンコム・刊)の著者・北岡祐子さんは、精神保健福祉の仕事に携わって約30年。主に精神障がいや発達障がいのある方々の就労支援及び生活支援に携わってきました。

特に社会生活に困難がある人向けに開発されたSST(Social Skills Training)は働く力をつけるための有効なツールであることを実感し、就労支援に取り入れてきました。

これまでのSSTの実践を、はじめてまとめレッスンBookとして出版。
声に出して読むだけでコミュニケーションのコツが身につく本として、ハローワークなど就労支援の場をはじめ、高校生から社会人まで、多くの方にお読みいただいています。

『仕事だいじょうぶの本』から、「支援する側のコミュニケーションスキルとは」(P120)を転載させていただきます。 お読みいただければ幸いです。

【支援者の皆さんへ】支援する側のコミュニケーションスキルとは

私たちは、たいてい他者と言葉で意思疎通を行っています。

1つ1つの言葉に込められた意味は、話す人によって微妙に違います。なぜなら、人は自分を取り巻く人たちとの関係から言語を学習し、蓄積してきたものが言葉だからです。

生まれた後、他人から言葉を教えられ、自分が名前を与えられて呼ばれることで、私たちは他人から承認され自分を見つけます。そして、自分の気持ちや行動を表す言葉をみつけ、自分と世界とを把握していきます。

私たちが使っている言葉は、家族や地域、時代や生まれ育った環境に影響されながら獲得した独自のものです。使う言葉から世代間のギャップや地域差を感じることはよくあります。たとえ同じ日本語を使っていても、コミュニケーションが難しいと感じるのは、それぞれの人が独自に意味付けされた言葉や世界観をもっているからです。

精神医療や精神保健福祉の現場では、言葉の使い方、表現の仕方が一層重視されなくてはなりません。メンタルヘルス不調や発達障がいは目に見えないゆえに、本人も周囲の人もその状態を言葉で表現し「見える化」しなければ理解できません。

身体疾患の場合は、例えば「お腹がちくちくする」「気持ちが悪い」と伝えただけでは正確な病名は分かりませんが、レントゲンや胃カメラなどの検査をして初めて正確な病状が診断されます。

しかし精神疾患などは検査をしても精神的疲労感や幻聴などの症状は数値に現れません。見えない障がいのある方の苦労はそこにあります。支援者はそれを言葉やイラストやグラフ、記録などで見える化し、有効な対処法がとれるようにする必要があります。

コミュニケーションも同じです。心の動きを言語で表現し意識するのはとても難しく、支援者でもうまく伝えられないことはよくあります。しかしそれを意識できないままでいると、言いたいことを伝えられない、伝え方が分からないということになります。

理解してもらえないもどかしさから誤解が生じることもありますし、感情的な表現で周囲の人に訴えてまで自分の思いを通そうとしたり、理解してくれない人に対して秘密裏に事を通そうとする場合もあるでしょう。それが職場での人間関係や利用者への対応に影響を及ぼし、仕事の質を落としてしまう残念な結果になることもあります。

みんなは普通に話している言葉以外に、テレパシーを使っているように感じる

以前、精神障がいのある方が「みんなは普通に話している言葉以外に、テレパシーを使っているように感じる」と言ったことがあります。

その的を射た言葉には感心しました。

私たちは言葉の間にたくさんの意味を付与し、言葉で表現される以外のメッセージも伝えています。双方で理解されたように感じられても、互いに発話以前に他人とは違った意味付けをしていることもあるのです。

例えば「きちんとあいさつしましょう」の「きちんと」は、何を指しているのでしょうか。相手の目を見て、はっきりした声で、会釈を付けて、などこれらの要素が「きちんと」の中に込められています。「きちんと掃除して」の「きちんと」は、ものを退けて掃除機をかける、棚を隅々まで拭くことを指し、あいさつとは違う意味が含まれます。

ある研修で「きちんと仕事して」の「きちんと」は何を指していると思いますか?と、受講者に尋ねてみました。すると「時間を守ること」「効率よくすること」「敬語を話すこと」など、皆さん1人1人違う「きちんと」をイメージしていました。

「テレパシーのような感じ」とは、単に症状や障がいの特性ではなく、日頃意識しないかもしれませんが誰もが経験していることなのです。

「言わなくても分かってもらえるだろう」「私の行動を見て、察してくれるはず」というのはテレパシー幻想であり、自分の思いを具体的に言語化しなければ、相手に納得し理解してもらえません。

油断すると「分かってくれているはず」と言葉を省略してしまうことがありますので、私自身の言語化の修業は今も続いています。 皆さんもぜひ、言葉の意味の「見える化」「具体化」を意識してみてください。より周囲の人とのコミュニケーションが分かりやすくなりますし、利用者の皆さんにも言葉の意味を明確に伝えることができ、いいお手本になれることと思います。

SSTは私自身のコミュニケーションスキルにとっても、大変役立ちました。 ぜひSSTを使いながら一緒に学んでいきましょう。

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