仕事だいじょうぶの本

[10代と精神疾患・後編]高校の教科書に復活、精神疾患。まずは教える側が、精神疾患への偏見を捨てることから。学校での教え方、学び方は?

仕事だいじょうぶの本

今年、2022年度から、学習指導要領の改定に伴い、保健体育の授業で高校生たちが神疾患について学んでいます。教科書に取り上げられるようになったのは約40年ぶりの復活です。

教科書での復活の背景には、精神疾患は若い世代に多く発症する病気であることがあげられます。

厚生労働省「第16回今後の精神保健医療福祉のあり方等に関する検討会早期支援について」資料によると、成人期以降に精神疾患にかかった患者のうち、50%が10代前半までに、そして75%が10代後半までに、すでに何らかの精神科的診断に該当していると報告されています(3)。

予防、早期発見のために学校での知識教育が急務とされてきました。

 前回、「10代の発症が多い精神疾患。正しい理解が悪化を防ぐー『仕事だいじょうぶの本』著者が分かりやすく解説。相談シートつき」では、精神疾患は誰もがかかる可能性のある病気であり、正しい知識を得ることが重要ということをお伝えしました。

今回は、では具体的に学校現場で先生方がどのように教えたら効果的なのか、また、生徒や保護者はどのように学んだらよいのかという点についてお伝えしていきます。

 前回に引き続き、『仕事だいじょうぶの本』著者で、約30年にわたり主に精神障害や発達障害がある方々の就労支援及び生活支援に携わってきた北岡祐子さんに教えてもらいました。

まずは教える側が、精神疾患への偏見を捨てることから

 ――前回は、精神疾患は誰もがかかる可能性のある病気だということ、だからこそ正しい知識を得ることが重要であるということをうかがいました。

高校の授業で学ぶのですが、教科書を読むだけで深く理解することができるのでしょうか。

北岡)教科書ですからとても分かりやすくまとめられています。ただ読むだけではなかなか理解できないでしょうね。

精神疾患は、教える側もよく理解できていない分野だと思うんですね。

ですから、授業を行う先生方に、まずは教える前にお願いしたいことがあります。それは精神疾患についての偏見をもっていないか自己点検してほしいということなんです。

偏見があることで「甘えではないか」「医療にかかる前に親のしつけはどうなんだ」「完全に治ってから学校に来て」などという言葉を使ってしまいかねません。どう対応していいのかわからずこのような言葉になってしまうこともあるようですが2)、このような言葉によって生徒が心を閉ざしてしまうことになりかねません。これはありがちなのですが、「意志が弱い」とか「根性を鍛えろ」等の指摘は、病や治療とは全く関係ないことなんです。

精神疾患の理解に向けた普及啓発活動を行っているシルバーリボンの代表、森野民子氏は、正しく理解してもらうために、以下の内容を多くの人に知ってほしいと指摘しています。3)

・心の弱さによるものではなく脳機能の病気であること ・親の育て方や子どもが悪いわけではないこと ・原因不明で誰もが発病する可能性があること ・孤独、孤立、不安、不眠、過労が再発や再燃のリスクを高めること ・適切な治療と環境によってその人らしく生活することが可能なこと

精神疾患を教える際の3つのポイント

――まずは、教える側や、本人が抱いている偏見をなくすということですね。

 北岡)はい。高校生にとっては、精神疾患について学ぶことは自身の人生に関わることで、決して他人事ではないと知って欲しいです。

そして授業では、そのことが実感できるような取り組みが求められます。

――具体的に、どのような教え方をしたら効果的でしょうか。

 北岡)以下の3点をセットで伝達されることが大変重要であると思います。

  • 精神疾患について正しい知識を得ること
  • すでに精神疾患にかかっているかもしれない生徒や自分自身の家族への気づきを促すこと
  • その生徒に相談できる体制があることを知らせ、速やかに専門家につなぎ早期支援を開始できること

 以下に、具体的に解説していきます。

①精神疾患について正しい知識を得ること

――①の正しい知識というのは具体的にどうすれば得られますか。

 北岡)単に教科書を読むだけでは身につかないと思います。生きた知識が必要になります。例えば、精神疾患にかかり精神障害とともに人生を歩んでいる当事者の方や、当事者の家族をお招きして体験談を聴く時間を作ることも大変有意義だと思います。

このような取り組み例はNHKで紹介された尼崎市の高校や1)、高校生を対象とした出前授業を行った三重県尾鷲保健所の取り組み4)山梨県立北病院の「こころの出前授業」5)も参考になると思います。

精神障害や心の不調、発達障害などを抱えた子どもや親を応援する「子ども情報ステーションbyぷるすあるは」6)のサイトの「『学校メンタルヘルスリテラシー教育』とは~高校では精神疾患を学ぶ授業が復活~」では、各精神疾患などをわかりやすく解説している教材がダウンロードできます。

また、NPO法人企業教育研究会の「こころの病気を学ぶ授業の開発」でも、教材や実際に千葉県の高等学校で実施した授業の方法を紹介しています。7)

また、出前授業の取り組みについては、同じ地域の精神保健福祉関係機関にも相談してみてください。

 ②精神疾患にかかっているかもしれない生徒や自分自身の家族への気づき

――②の自分や家族への気付きについて、その方法を教えてください。

 北岡)例えば。教科書の資料31)として紹介されている『精神疾患の早期症状チェック項目』などの、自身でチェックできるワークシートに記入してみてください。自分の状態に意識を向けるうえで大切です。

生徒の中には「もしかしたら自分自身や家族が精神疾患かもしれない」と思い当たる場合も出てくると思います。

授業でチェックをしてみて、先生は「何らかの気づきのあった人は、担任や保健室の先生に相談に来てください」と付け加えてください。生徒も相談しやすくなります。

また、すでに家族が精神疾患にかかっている場合、生徒にはヤングケアラーとしての支援が求められることも考えられます。状況に応じて迅速に必要な治療や支援につなげることもできると思います。

③相談の後の支援体制づくりと外部専門職とのネットワーク構築

――精神疾患について知識として学ぶことはとても重要なことだとわかりました。とはいえ、先生方はとても忙しいということも最近ニュースで報道されるようになりました。学校にすべてを委ねるのは、先生方も大変なのではないでしょうか。

 北岡)そうですね。学校だけで全てを担うのは大変だと思います。ですから、生徒が担任や保健室の先生に相談したとき、できればスクールソーシャルワーカーと一緒に、相談内容の確認と支援の流れについて説明できるといいかと思います。

生徒が受診するためには保護者への説明が求められますが、学校側だけで対応することは難しい場合も多いようです。3)

今後の支援体制をつくるにあたり、スクールソーシャルワーカー、保健センターの保健師あるいは精神保健福祉相談員、外部機関の精神保健福祉士、精神科医などがチームを組み必要に応じて学校に出向いて生徒や保護者の相談を受ける、あるいは医療機関やほかの社会資源へつないで適切な支援を受けられることが、本人や家族の安心につながります。今後の課題になると思います。

 実は、学校の先生方も、日常業務に忙殺されて疲弊し、メンタルヘルスの不調に陥ってしまうということは少なくありません。7)

そのようなゆとりのない状況で、先生方だけで更に精神疾患について工夫した授業を行い、精神疾患のある生徒へ適切な対応を行うことは大変です。ぜひ他機関の専門職に働きかけ、支援体制づくりについて呼びかけてほしいと思います。

各都道府県にある精神保健福祉士協会にもお声かけいただければ、何らかの協力ができることと思います。

また保健医療等の専門機関も、精神疾患の出前授業や教育委員会、学校などに協力する用意があることを伝え、連携してともに各地域の支援ネットワークを作る必要があります。将来の日本を担う生徒を皆で支えていける仕組みづくりは急務です。

ーーありがとうございました。

参考・引用文献・URL

1)大修館書店 現代高校保健体育 p38~

2)NHK福祉情報サイトハートネット「変わり始めた精神医療(2)教育現場にできること」

3)東洋経済オンライン ―40年ぶりの「精神疾患教育」高校からでは遅い訳、実は精神疾患の発症ピークは[10代半ば以前]―

4)三重県 尾鷲保健所「高校生を対象とした精神保健福祉に関する出前授業」

5)山梨県立北病院 こころの出前授業 ―過去実績―

6)子ども情報ステーションbyぷるすあるは「『学校メンタルヘルスリテラシー教育』とは? 〜高校では精神疾患を学ぶ授業復活~」

7)NPO法人企業教育研究会 「『こころの病気を学ぶ授業』の開発」

8)文部科学省 令和2年度公立学校教職員の人事行政状況調査について(1)教育職員の精神疾患による病気休職者数

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