連載9:心病む夫と生きていく方法

第1章 語り合う 妻たちのホンネ(6)ー2人の未来。どう生きていくのか(後)

  • 2021.02.18
あなたはひとりじゃない。
ある日、明るく優しい夫が心の病を患った。不安で押しつぶされそうになる妻。妻がどのような困難にぶつかり、どう乗り越えてきたのか、一緒に考えていきます。
自粛生活が続き、多くの人が不安な日々を過ごすなか、2020年11月2日に発刊された蔭山正子氏の書籍心病む夫と生きていく方法 統合失調症、双極性障害、うつ病… 9人の妻が語りつくした結婚、子育て、仕事、つらさ、そして未来(出版:ペンコム)第1章を連載します。
「あなたはひとりじゃない」。このメッセージが届きますよう。
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2人の未来。どう生きていくのか(後)

引き続き、「2人の未来。どう生きていくのか」をテーマにお聞かせください。
前回、はなさん、えりさんは、ここから先のことを見据えていこう、前向きに、ポジティブにという話でしたね。皆さんはどうですか。

■ポジティブだったころの自分を思い出すようにしている

お話を伺いながら思ったんですが、私にも、ポジティブになろうとしていた、そんな時代がありました。
夫が病気になって、最初、うつの家族の会に行ったことがあるんです。「うつは治る」ということで。
そのときに、「うつになってよかったことを言ってみてください」という宿題が与えられて、当時、そんなふうに発想したことがなくて、なんだろう、なんだろうと思って、1週間ぐらいして、宿題だったので、メールで返信したんですね。
そのときに、もし夫が病気になっていなかったら、運転免許とかも取っていなかっただろうし、なんでも自分でやんなきゃだめだって、背負い込んでいたかもしれないし、人の悩みとかも他人事のようにしか聞いていなかっただろうなって、そう思ったのが答えでした。
それも何年も前のことなんですけれども、それを思い出すようにはしています。

●夫がうつ病になってよかったこと
「自分の家族が精神疾患になったことは不幸だ」と初めは感じる人が多い。しかし、つらい体験をした家族どうしのつながりなど、家族が精神疾患になったことで成長した自分がいることに気づいたという人も多い。

●病気を患う夫と生きて得たもの
夫が精神を患うことは、妻の生き方にも大きな影響を与える。「もし夫が病気になっていなかったら、人の悩みとかも他人事のようにしか聞いていなかっただろう」。

■とりあえず、子どもが卒業するまではこのままで

自分は自分、相手は相手というポジティブな考え方ができればいいなと思うんですけれども、これから先のことを考えたら、私はパートぐらいしかしていないので、これじゃ絶対に食べていけない。この年齢から新しいことをするって、まぁいろいろしようとしてますけれども、気持ち的にはそう思っても経済的に難しい。
子どもには学費のことを言い訳にしてほしくないって言われますけれども、やっぱり子どもが高校を卒業するまでは、この環境で、中身は家族として機能していないなぁって思いますけれども、変えたくないなというのがあります。

■一方で、自分の人生を歩みたいと思っている。揺らいでいる

一方で、揺らぎの世代というのか、体と心が別々になっているというか、自分がどう生きていったらいいかって考えて、それで動き出したりもするんですけれども、すぐに「へたー」っとなっちゃって。そういう自分に対して、自己嫌悪もあります。いろんなことが空回りしているなと。前向きに、ポジティブにってそういうときがあったのかな私。今に比べればあったかなと思う。皆さんのお話を聞きながら、忘れちゃっているということがすごく分かりました。

●配偶者会で話を聞くうちに自分の中で変化
夫の言動や態度を基準にするのではなく、まず自分がどうしたいか?どう生きていきたいか?を考えようと思うようになった。今は、つらいけれど「前向きに、ポジティブにって考えていたときのことを思い出した」と話す。

■子どもに、昔お父さんは優しかったのかと聞かれて

私は今、子どもたちから昔の記憶を「掘り起こされている」感じがします。
子どもに昔の話をしてほしいって言われて。自分たちの小さかったころの話をしてほしいとか、お父さんとお母さんはどういうふうに出会ったのかとか、そのころお父さんは優しかったのかとか。
よくお父さんは洋楽を聞かせてくれたりもしたので、そういうのを私よりも娘の方が覚えていて、学校の宿題で英語の歌、例えばビートルズとかを一緒に歌ってくれたとか、そういう話から、昔、結婚する前に、お父さんがカセットテープに歌を録音して、お母さんにプレゼントしてくれたとか、そういう思い出が掘り起こされてきて。
「彼とは週末しか会えなかったから、平日が早く過ぎないかなぁと思っていたときもあったんだよなぁ」とかね。
ただそう思うのはその一瞬だけで、また現実に引き戻されてしまう。
皆さんの話を聞きながら、私は今、人生のこの位置なのか、じゃあこれからどうするか、みたいな感じで。揺らいだところにいるかなっていうのを、今改めて気づかされている感じがします。

●子どもたちを通じて、夫の昔の記憶を思い出す
病気ではない父親の姿を知らない子どもたちから、「昔、優しかったころの父の話をしてほしい」と聞かれ、忘れていた思い出が「掘り起こされて」きた。配偶者会で年齢や夫の病歴が異なる人の話を聞くと、これから先の見通しも立って参考になる。

■夫の病気とうまくつきあって生きていく

私は縁あって主人と結婚することになって、結婚してから自分の性格が円くなったというか、優しい夫ですし、話をよく聞いてくれるので、私自身もすごく変わってきて。
私も初めの1年目位は夫の病気を一生懸命に治そうと思っていて、いろいろなことをやっていました。でもがんばりすぎるタイプなので疲れてしまって。そのころは、夫が一日中寝ていたりすると、いらいらしてました。
でも今は気にしないようにしています。
夫も、自分が病気で、家族や回りに迷惑をかけているとすごく実感していて、「いつも悪いね」って言ってくれて。家事もお皿洗いとか、できることはしてくれたりします。
「いつもありがとう」って結構、声もかけてくれるので、そういうのに救われるというか。
1番つらいのは本人なんですから。
双極性障害というのは完治は難しいですし、ずっと薬を飲まなきゃいけないし、そういうのも分かってきたので、うまく病気とつきあって、こういう生活を続けながら、私も完璧な人間ではないので、お互いにサポートしながら生きていけたらいいなと考えています。

●うまく病気とつきあっていく
初めは私が治そうとしてがんばったがうまくいかず疲れて、一日中寝ている夫にいらいらしていた。夫の病気について分かってきて、気にしないようにしている。夫も体の調子がいいときは、「いつもありがとう」って声もかけてくれるので、そういうことに救われる。

■「子どもを上手に育ててくれたね」って夫からうれしいことば

皆さんの話を伺いながら、うれしかったことを思い出しました。
うちの子どもがスポーツをやっていて、全国大会の決勝に残るとか、がんばっていたんですね。それでも夫は絶対応援に来てくれなかったんですよ。子どもも「なんでパパは来てくれないのよ」って言ってましたね。その分、まぁお父さんの病気のこともあって、先生方からはかわいがられていました。父親に知らん顔されていて、私も仕事をして忙しくしていましたから。
その娘が、もう今年27歳になるんですが、父親として尊敬できるというところもあるって言うんですね。そこを娘が見ていてくれていたから、夫にご飯をよそおってあげたりとか、たまにビールを飲んでいるとついであげたりとか、そういうことをちゃんとやってくれるんです。
すると、夫が「君は、子どもを上手に育ててくれたねー」って。
そういうのを言われると、大変ながらもがんばって来られた部分もあるのかなって思うんですね。すごく私を肯定してくれることばですから。娘のことを褒めてくれたり、上手に育てたって言ってもらえたりするのは、すごくうれしい。
そこを知っているのは主人しかいませんから。
娘が回り道しながらも、精神科病院の作業療法士になってくれました。患者さんたちにつらいこともあるけれど、幸せに暮らせるようになりますよと伝えてくれたらうれしいです。

●皆さんの話を聞いていて思い出したこと
初めは、「夫が病気になって30代40代とがんばってきたけれど、50歳過ぎてちょっと疲れてきちゃった。逃げ出したい」と話していたが、「座談会でみんなの話を聞いているうちに、うれしかったことを思い出した」と語り出した。

●つらいこともあるけれど、幸せに暮らせるようになりますよ
ある日、夫が「君は子どもを上手に育ててくれたね」と言ってくれたことは、「夫にしか分からないことでとてもうれしかった」。精神科病院の作業療法士になった娘には、「患者さんたちにつらいこともあるけれど、幸せに暮らせるようになりますよ」と伝えてくれたらうれしいと話した。

そういうすてきなキーワード、この会でしか出会えないものがいっぱいありますね。
本当にそうですね。
支援者の側も配偶者の方が何に困って、どんな姿を求めているのかが分からない。発信していかないと支援も始まらないと思います。
親の理解も必要。
そういったところからも変わっていければいいと思います。
本日は、ありがとうございました。

●これから必要な支援
座談会を踏まえ、当事者、配偶者、子ども、それぞれにどのような支援が必要か、これから期待される支援について、なども含め、「考察」としてまとめた。(本文P177~)

連載をお読みいただきましたみなさまへ

これまでお読みいただきありがとうございました。

『心病む夫と生きていく方法』は、このあと、次のような内容が続きます。

第2章 妻たちの体験談 現在、過去、そして未来(4人の体験談)

1 互いの肩を抱き、涙枯れるまで泣き尽くした夜。
そこから私たちは前を向いて歩き出すことができました
2 病気の夫からは暴言、義母からは責めたてられ。妻の立場はこんなにつらいのか。
3 暴言、暴力、浪費。それでも別れたくない。夫を見捨てるのはいけないことに思えました
4 病気を抱え副作用の強い薬を飲みつつ、ギリギリまで働いてくれた夫は、「同士」かもしれない

第3章 考察 まとめ (著者 蔭山正子先生によるまとめ)

体験談と座談会から見えてきたこと
精神疾患を患う夫の妻が体験したことと、必要な支援について

ぜひ、お読みいただけるとうれしいです。

 

蔭山正子

大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻公衆衛生看護学教室/准教授/保健師。
大阪大学医療技術短期大学部看護学科、大阪府立公衆衛生専門学校を卒業。病院看護師を経験した後、東京大学医学部健康科学・看護学科3年次編入学。同大学大学院地域看護学分野で修士課程と博士課程を修了。
保健所精神保健担当(児童相談所兼務あり)・保健センターで保健師としての勤務、東京大学大学院地域看護学分野助教などを経て現職。
主な研究テーマは、精神障がい者の家族支援・育児支援、保健師の支援技術
静かなる変革者たち」「心病む夫と生きていく方法」(共にペンコム)