連載1:心病む夫と生きていく方法

はじめにーあなたはひとりじゃない

  • 2021.01.21
あなたはひとりじゃない。
ある日、明るく優しい夫が心の病を患った。不安で押しつぶされそうになる妻。妻がどのような困難にぶつかり、どう乗り越えてきたのか、一緒に考えていきます。
自粛生活が続き、多くの人が不安な日々を過ごすなか、2020年11月2日に発刊された蔭山正子氏の書籍心病む夫と生きていく方法 統合失調症、双極性障害、うつ病… 9人の妻が語りつくした結婚、子育て、仕事、つらさ、そして未来(出版:ペンコム)第1章を連載します。
「あなたはひとりじゃない」。このメッセージが届きますよう。

あなたはひとりじゃない

ある日、夫のようすがいつもと違う。明るく優しい夫が心の病を患った。 仕事に行けず、一日中家にいる夫。
子どもも小さく、これからの人生を考えると不安で押しつぶされそうになる妻。
  統合失調症、双極性障害、うつ病… 今まで他人事だったかもしれません。
実は一生のうちに4人から5人に1人は発症する身近な病です。

本書は、このような精神疾患を患った夫と暮らす妻の体験を紹介する本です。
7人の妻による座談会と、4人の体験談を通して、妻がどのような困難にぶつかり、どう乗り越えてきたのか、そして、どのように変わったのか、ひとつひとつに向き合い、一緒に考えていきます。

私は、精神障がいのある家族の方を支援する研究を通して、精神障がい者家族会に関わらせてもらってから20年以上がたちますが、夫や妻が精神疾患を患っている皆さんの配偶者会に参加したのはまだ4年前のことです。

そして配偶者会に参加した方々にインタビューをさせていただき、詳しくお話を伺いました。配偶者でも特に妻の体験は、同じ女性として衝撃を受けました。
私も昔、子育てをしながら保健所で保健師として働いていました。当時、夫は深夜まで仕事をしていたので仕方がないのですが、育児、家事、仕事のほぼすべてをこなす、いわゆる「ワンオペ」(ワンオペレーション)でした。
仕事を誰よりも早く切り上げ、ダッシュで保育園に閉園直前に滑り込み、帰宅後は料理や洗濯などをこなして寝る毎日でした。自分が女性であることなど忘れ、髪を振り乱して必死にこなしていました。

しかし、配偶者会やインタビューで聞いた、精神疾患を患う夫と暮らす妻の苦労は、私の苦労など比べ物にならなかったのです。彼女たちには夫の病気のことを勉強する時間も、気持ちの余裕もなく、日々の生活を回すことに追われ、自身が体調を崩すことさえありました。専業主婦だった奥様が慣れないパートを始め、経済的に家計を支えていることもありました。
それほどまでにがんばっているのに、親族や支援者、時には夫にさえ認めてもらえず、「私の人生って何だろう」と語られる方もいました。

彼女たちの生活は、私の想像を超えており、この現状を多くの方に知ってもらわなければいけないのではないかと思わされたことが本書の作成につながりました。

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配偶者に支援が必要になった背景には、時代の変化もあると思います。精神疾患の方への支援は、長い間、統合失調症をモデルに形づくられてきました。

時代は変わり、外来患者数では、うつ病や双極性障害など他の精神疾患が増えてきました。疾患によって発症しやすい年齢が異なるため、家庭をもち、子どもができてから発病される方も多くなっています。

そして、統合失調症などの精神疾患があっても地域で当たり前の生活ができるように支援の在り方も変化してきました。当たり前の生活には、単身生活だけでなく、配偶者や子どもとともに暮らす家庭生活も含まれなければならないと思います。精神疾患の方の支援には、ご本人だけでなく、配偶者や子どもにも届けられる必要があると強く思っています。

支援の在り方を検討するには、支援ニーズを把握する必要がありますが、これまで配偶者の体験が着目されることはほとんどありませんでした。配偶者ならではの困りごとやニーズがあるのかさえよく知られていないと思いますが、「ある」のです。

精神障がい者家族会は、会員の多くが統合失調症を患う子どもの親です。そのため、配偶者という続柄に生じる特徴的なニーズに対応するために、京都精神保健福祉推進家族会連合会、大阪府精神障害者家族会連合会、福岡県精神保健福祉会連合会などは配偶者に特化したミーティングを設けています。

本書は、東京で開催している「精神に障害がある人の配偶者・パートナーの支援を考える会」の世話人である前田直先生のご協力で、参加者の方に執筆や座談会への参加をお願いしました。

本書は、妻を含めたご家族にまず読んでもらいたいです。

妻の方には「あなたはひとりじゃない」ことを伝えたいです。

そして、苦労だけでなく、精神疾患を患う夫と暮らすなかで生まれた、彼女たちの魅力も感じてもらえると思います。また、親の立場の方を初めとするご家族には、親族の理解がいかに重要であるかを知ってもらいたいと思います。

支援者にもぜひ読んでもらいたいです。

私が以前、保健所で精神保健相談を担っていたころ、配偶者の大変さをどの程度理解していたかと言えば、全く不足していたと言わざるを得ません。配偶者会では、多くの方が公的機関や医療機関から適切な支援を得られずに苦労された体験を話されます。

支援者の方には、本書を読んで支援の在り方について考えるきっかけになれば幸いに存じます。

夫である精神疾患を患う当事者の方にとっては、妻としての大変さが強調されていて、読むと少しつらいかもしれません。ともに暮らす夫婦であるからこそ夫に言えないこともあるでしょう。本書をお読みいただくと、ご自身とは異なる体験であっても、今後の家庭生活に何かしらの気づきをもたらしてくれるのではないかと期待します。

家庭生活を営んでいる方、そして、これから家庭生活を営もうとされている方にとっても本書が参考になることを期待しています。

蔭山正子

大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻公衆衛生看護学教室/准教授/保健師。 大阪大学医療技術短期大学部看護学科、大阪府立公衆衛生専門学校を卒業。病院看護師を経験した後、東京大学医学部健康科学・看護学科3年次編入学。同大学大学院地域看護学分野で修士課程と博士課程を修了。 保健所精神保健担当(児童相談所兼務あり)・保健センターで保健師としての勤務、東京大学大学院地域看護学分野助教などを経て現職。 主な研究テーマは、精神障がい者の家族支援・育児支援、保健師の支援技術 「静かなる変革者たち」「心病む夫と生きていく方法」(共にペンコム)